豊洲市場ドットコムの八尾です。
9月下旬、山梨県御坂を訪れました。目的地は「志村葡萄研究所」
葡萄の季節になると「あれは志村さんの品種」「これも志村さんの品種」と名前を聞かない日はないほど、この業界では有名な場所です。
一般的に出回るシャインマスカットなどは公的な機関が開発した品種で、育てやすく収量が安定しているのが特徴です。
それに対して個人開発品種はとても個性的で時に栽培が難しい、流通性が悪いなど欠点はあるものの、甘さ・香り・大きさなど個性に富み、一度好きになってしまうとその美味しさが忘れられなくなるほど、病的な魅力があります。
志村葡萄研究所で生まれたブドウの代表格と言えば
・大粒で香りと果汁に富みすっきりとした後味が魅力の「雄宝」
・赤ブドウの味わいをシャインマスカットのように皮ごと楽しめる「コトピー」
・ハリのある果肉がぎゅっと詰まった食べ応え抜群の高糖度品種「バイオレットキング」
・その果肉の形が近年若い世代で話題となっている「マイハート」
など、どれも個性の光るブドウです。
これほど尖った品種が毎年のように生まれているのです。
そんな凄い品種が生まれる研究所。長年青果に関わっていましたが初の訪問で緊張もあったのですが、研究所の入り口にはカフェがありました。
「研究所」という名前から思い描いていたのと少し違ったので驚きました…
早く到着したのでカフェで志村さんの到着を待つことに。
店内では志村さんのブドウをこれでもかと使ったパフェが登場し、ブドウ好きならずとも唸るビジュアルと美味しさに胃袋を完全につかまれてしまいました。
先ほど紹介したコトピー、マイハート、のほかに
今“ブラックシャインマスカット”として話題になっている「富士の輝」もふんだんに使われています。
カフェを出ると志村さんが到着していました。さっそくお話を伺います。
選果を行うスペースにはところ狭しとブドウが並んでいますが…どれも大きな「富士の輝」です。
皮ごと食べられるシャインマスカットテイストの黒ブドウ。
大粒で食べ応えがあり、とにかく高糖度で濃厚な美味しさが特徴。
数年前から地元でも話題になり、生産者が徐々に増えています。
2022年には山梨の農協からも市場に入荷がありました。
着々と世に広まる「富士の輝」ですがここにあるものは市場で見るより二回りくらい大きい…
「大きく作ったほうが断然おいしいです。」
と志村さんが話す通り、果肉がぎゅっと詰まって大きく重く実った「富士の輝」はレベルの違う美味しさです。
この大きさには若い樹では難しいでしょうから、今後もどんどん大房で大粒になる事も期待できますし、何よりも樹齢の長い樹をもつ志村葡萄研究所で、どれだけ大きな果実が生まれるかも楽しみな限りです。
私たちは志村さんの案内で実験圃場を見せてもらいました。そこには若い樹ばかりがあり、まさに今新品種の栽培がおこなわれているところです。
その場でいくつもの品種を食べさせていただきました。食べ応え抜群の大粒品種から、綿あめのような香りのする品種、さらにはべっこう飴のようにとことん甘い極甘品種など、いくつもの知られざる希少品をいただくことができました。
その中にひと際私を魅了した美味しさがありました。
志村さんが手に取った品種は「ほほえみ」
「ほほえみ」の特徴は何といってもその香り。強い甘みと共に押し寄せるのは、花のような豊かな香りです。
私は過去にこれと似た香りのブドウを食べたことがありました。それはジャスミンと言います。
その名の通りジャスミンの花の香りがすると品種。黄玉というブドウから選抜された希少な品種です。見た目もほほえみのように、赤と緑のグラデーションになるのが特徴です。
甘く柔らかな食感と、花のような芳醇な香り…ほかにない素晴らしいブドウでした。
しかし栽培が難しく知名度もない品種のため、私の知る限り二人しか育てていません。
そのうちの一人の生産者さんは数年前に樹を切ってしまい、もう一人の方はそもそも商業的に生産していないので…おそらくもうあの味は体験できないだろうと思っていたのです。
記憶にある味のため「まさにこの味」という事ではないですが、幻のブドウジャスミンをほうふつとさせる見た目・味わいに深い感動を覚えました。
ここで再会できるとは…
思いがけない美味しさに出会えた志村葡萄研究所。
志村さんの作り出す品種には、ブドウ好きをより深い世界に引き込む魔力を感じます。
今シーズンはもう終盤でしたが、来年は新品種から私たちが惚れ込んだ品種までご紹介できるように志村さんと共に取り組みます。
ご期待ください。
(文:八尾昌輝 写真:八木澤芳彦)